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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)576号 判決 1959年10月27日

控訴人 醍醐惣之助

被控訴人 丸山金三郎 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人丸山金三郎は控訴人に対し別紙第一目録記載の各建物を収去して別紙第二目録記載の各土地を明渡し、且昭和二十九年七月一日より明渡済に至る迄一ケ月金一万四千八百六十六円の割合による金員を支払え。被控訴人丸山鉄工株式会社は控訴人に対し別紙第一目録記載の各建物より退去して別紙第二目録記載の各土地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は左記を附加する外原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

立証として新たに、

控訴代理人は、当審における証人醍醐ふみの証言及び控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴人等代理人は当審において被控訴本人丸山金三郎の尋問を求めた。

理由

一、控訴人がその所有にかかる別紙第二目録記載の各土地(以下本件土地という)を被控訴人丸山金三郎に賃貸し同被控訴人が同土地上に別紙第一目録記載の各建物(以下本件建物という)を所有してゐること、控訴人が被控訴人丸山を相手方として申立てた本件土地に関する地代金等請求調停事件(豊島簡易裁判所昭和二十六年(ノ)第七号)において昭和二十六年六月二十八日右当事者間に控訴人主張の如き条項を定めた調停が成立したことはいずれも本件当事者間に争いがない。

二、右調停条項(二)には、申立人(本件控訴人を指す。以下同じ)は相手方(本件被控訴人丸山金三郎を指す。以下同じ)に対し本件土地を昭和三十二年一月末日迄賃料一ケ月金三千八百二十八円、毎月二十一日限りその月分を支払う約定で賃貸すること、なお右約定賃料の支払を遅滞したときはその遅滞の翌日から日歩二十銭の割合による遅延損害金を附加して支払うこと、同(三)には、相手方において右賃料の支払を引続き六ケ月以上遅滞したときは前項の期限の利益を失いその遅滞の翌日本件土地を申立人に明渡すことと定められてゐるところ、控訴人は右調停条項(三)の「賃料の支払を引続き六ケ月以上遅滞したとき」というのは被控訴人丸山が右(二)で定められた賃料の支払を引続き六ケ月分以上遅滞したときのことを意味し、この場合には控訴人の意思表示を待たず当然に本件土地の賃貸借契約は終了するというのが同条項の趣旨であると主張するに対し、被控訴人等は右条項(三)は被控訴人丸山がある一ケ月分の賃料の支払を引続き六ケ月以上遅滞した場合、本件についていえば昭和二十九年一月分の賃料につきその支払期日である同年一月二十一日から六ケ月を経過した同年七月二十一日迄その支払の遅滞が継続した場合に始めて控訴人は催告を要せず本件賃貸借契約を解除できるという趣旨であると抗争するのであるが、この点については当裁判所も亦原審と同様に、右調停条項(三)の趣旨は、控訴人主張の通り、被控訴人丸山において賃料の支払を遅滞しその額が引続き六ケ月分以上に達したときは控訴人の解除の意思表示を待つ迄もなく本件土地の賃貸借契約は当然終了し同被控訴人は控訴人に対し本件土地の明渡義務があることを定めたものと解するのであつて、その理由は原判決理由二の(イ)に記載するところと同一であるからここにこれを引用する。被控訴人等の全立証によるも右解釈を左右するに足る資料はない。そして被控訴人丸山が毎月二十一日に支払うべきであつた昭和二十九年一月から同年六月迄六ケ月分の賃料を同年六月二十一日迄に控訴人に支払わなかつたことは当事者間に争いがないのであるから、同日の経過と共に同被控訴人の支払を遅滞した賃料は引続き六ケ月分に達し前記調停条項(三)に定める場合に該当するに至つたものというの外はない。同被控訴人がその後同年七月二日及び九日の両度に控訴人に対し右六ケ月分の賃料を現実に提供したが受領を拒絶されたので更にこれを供託したことは後記の通りであるけれどもそれは事後の処置に過ぎず、その為に昭和二十九年六月二十一日迄に六ケ月分の賃料支払を遅滞したという右の判断を妨げるものでないことは言を俟たない。

三、被控訴人等は、仮に被控訴人丸山に前記調停条項(三)に定める賃料の遅滞があるとしても控訴人が同項に基き本件土地の明渡請求権を行使することは権利の濫用であると主張するので更にこの点について審按する。

(イ)成立に争いのない乙第五ないし第十一号証と原審及び当審における被控訴本人丸山金三郎の尋問の結果によれば、前記の調停成立後同被控訴人は昭和二十六年一月から同年十二月迄十二ケ月分の賃料を同年十二月七日に、昭和二十七年一月及び二月の二ケ月分の賃料を同年三月七日に、同年三月から五月迄三ケ月分の賃料を同年六月九日に、同年六月から十月迄五ケ月分の賃料を同年十月十日に、同年十一月及び十二月の二ケ月分の賃料を同年十二月三十一日に、昭和二十八年一月から六月迄六ケ月分の賃料を同年七月八日に、同年七月から十二月迄六ケ月分の賃料を同年十二月三十日に、それぞれ一括した現金又は小切手で控訴人に支払つたところ、これらの支払は調停で定められた約束の支払期日に照すと二ケ月分ないし十一ケ月分延滞した後のものであつたに拘らず控訴人はその都度異議なくこれを受領して来たことを認めうべく、又(ロ)被控訴人丸山金三郎が昭和二十九年七月九日同年一月一日から同年六月末日まで六ケ月分の賃料を控訴人に提供したところ、控訴人がその受領を拒絶したことの当事者間争ない事実と成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、乙第十三ないし第十九号証、原審及び当審における被控訴本人丸山金三郎の尋問の結果により成立を認めうる乙第十二号証と右本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人丸山は昭和二十九年七月二日になつて同年一月より六月迄六ケ月分の賃料計二万二千九百六十八円を支払うべく被控訴会社代表者丸山金三郎振出株式会社住友銀行池袋支店宛金額右同額の同日附持参人払式小切手一通(乙第十二号証)を携えて控訴人の自宅に赴き控訴人に対し右小切手を示しその受領を求めたところ、控訴人は賃料は毎月二十一日に支払うとの約束に違反しているとか或は延滞利息を持つて来てから受取るとかの理由を述べてその受領を拒絶したので、同被控訴人はやむなく延滞利息の計算書を至急送付してくれる様依頼してその日は右小切手を持ち帰つたところ、同月九日になつて控訴人から同被控訴人に対し、同被控訴人は六月分の賃料を延滞したから前記調停条項(三)により本件土地の明渡を求める旨書面で通告して来たので、同被控訴人は即日控訴人に対し同年一月より六月迄の賃料を提供したが受領を拒絶されたので、同月十四日右六ケ月分の賃料額二万二千九百六十八円を東京法務局に弁済供託し、その後昭和三十年六月迄の賃料も三ケ月分宛一括して右と同様弁済供託した外、昭和二十六年七月分より昭和二十八年十二月分迄の賃料は既に支払済なのであるが、右に対する前記調停条項(二)に定める日歩二十銭の割合の遅延利息計一万五千百五円の支払が済んでないと云つて昭和三十年三月十七日頃になつて控訴人より請求を受けたので同被控訴人は同月二十日控訴人に対しその支払を了したことを認めうべく、更に、(ハ)原審証人中島弥三郎の証言、原審及び当審における被控訴本人丸山金三郎の尋問の結果及び右証人の証言により成立を認めうる乙第二十ないし第二十二号証を綜合すれば、被控訴人丸山は控訴人より前記土地明渡の通告を受けた後昭和三十年二月頃知人中島弥三郎を代理人として控訴人に示談を申入れ爾来同年五月下旬頃迄の間右両者間で接衝が試みられたのであるが、その接衝において控訴人は前記調停において協定せられた本件土地の賃料坪当り一ケ月金十二円を昭和二十九年度は坪当り一ケ月金五十五円に昭和三十年度以降は更にそれ以上に増額する外権利金として五百万円を要求する旨を提案し、これに対し、被控訴人丸山側においては昭和三十年度以降の賃料につきある程度の増額は認めるが既往に属する昭和二十九年度分は従前通りとせられ度くなお権利金の支払には応じかねる旨を答えたところ控訴人は権利金について多少の減額を考慮する外その他の点については譲歩の余地がないとの強硬な態度で終始した為、被控訴人側においては、到底これに応じられないとして右示談の接渉は打切られるに至つたことを認めることができるのであつて、以上の認定に反する原審及び当審における控訴本人尋問の結果は前記引用の各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右(イ)ないし(ハ)の事実関係に徴するときは、前記調停の成立した昭和二十六年六月二十八日後昭和二十八年十二月迄の賃料につき被控訴人丸山はこれを毎月の支払期日に支払うことなく数ケ月後になつてその月迄の分を一括して支払つても控訴人において異議なくこれを受領する例であつたので、当時同被控訴人は爾後の賃料支払についても右前例に準じて差支えないものと思料し昭和二十九年一月以降の賃料についてもその支払を遅滞し遂に前記の如く六ケ月分の支払遅滞を生ずるに至つたのであるがそれ以外に他意はなく、別段賃料支払に対する誠意及び能力に欠けるところがあつた為ではないと認められるのであつて、同被控訴人に賃貸借関係を継続し難い程重大な不信行為があつたものとみるのは酷に失するのみならず、他面において、控訴人は被控訴人側からの示談申入れに対し納得できるような理由も示されないで既往及び将来における賃料の大幅の値上と多額の権利金の支払を要求し、もし被控訴人側においてその要求に応ずるならば賃貸借を継続してもよいとの意向を表明してゐるのであつて、このような交渉経過から判断すると控訴人の真意は土地の明渡請求よりもむしろ金員の要求に重点があるものと推測せざるを得ないのである。これを要するに、本件において控訴人は、賃借人である被控訴人丸山に取り立てていう程の不信行為があつたわけではなく、且つ支払期日経過後に同被控訴人が提供した賃料を何等異議なく受領することを例としていたに拘らず突如として同被控訴人の不注意による賃料の履行遅滞を捉えいわば虚に乗じて本件土地の明渡請求をするものであつて、かかる請求はそれ自体賃貸人としての信義に反するものというべきであるのみならず、この請求の背後には前記の如き過当なる金員要求の意図が多分に存するものと認められる以上、控訴人の本訴請求は前記調停において認められた権利を濫用するもので、許されないことであると断ずるのが相当である。

四、そうすれば、前記調停の条項に基き被控訴人丸山に対し建物取去土地明渡を求める控訴人の本訴請求は理由ないとして棄却すべく、又被控訴会社は本件建物をその所有者である被控訴人丸山の承諾を得て占有使用してゐるものであることは当審における被控訴本人丸山金三郎の尋問の結果に徴し明らかであるから、控訴人の被控訴人丸山に対する本訴請求が理由ない以上、控訴人の土地所有権に基く被控訴会社に対する本訴請求も亦理由ないとして棄却すべきである。被控訴人丸山が控訴人に本件土地を明渡す義務がない以上その義務不履行を原因として同被控訴人に損害賠償を求める控訴人の請求が理由ないことは明かである。これと同旨の原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条に従い本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

第一目録

(一) 東京都豊島区高田南町三丁目七百三十八番地所在

一、木造瓦葺平家建居宅 一棟

建坪 二十二坪五合(別紙図面<A>)

(二) 同所同番地所在

一、木造鋼板葺平家建物置 一棟

建坪 六坪(別紙図面<B>)

(三) 同所七百三十八番地及び同所七百四十一番地所在

一、木造鋼板葺二階建工場兼住宅 一棟

建坪 百十六坪七合五勺

二階 十五坪(別紙図面<C>)

(四) 同所七百四十一番地所在

一、木造鋼板葺平家建倉庫 一棟

建坪 三十坪(別紙図面<D>)

第二目録

(一) 東京都豊島区高田南町三丁目七百三十八番

一、宅地 二百六十六坪九合二勺四才

(但し別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ト)(イ)の各点を結ぶ線で囲む部分に当り、右坪数は実測によるものであり、公簿面積は二百六十四坪)

(二) 同所七百四十一番

一、宅地 五百二十七坪(公簿面積)

の内、別紙図面(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(ニ)の各点を結ぶ線で囲む実測五十二坪七合九勺四才の部分。

図<省略>

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